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2009年9月 9日 (水)

◎「ナンバ」考

以下は、『縁の森』(甲野善紀先生との共著/合気ニュース)に付録として掲載した論考。この中に出てくる「甲野先生」とは松聲館の甲野善紀先生のことだ。
その後、ナンバについてのわたしの考えには変化があるが、参考になればと思いアップすることにした。ここに掲載するにあたり、改行に手を加えた。それ以外は原文のままである。(2009年9月)

◎「ナンバ」考(1997年11月)

★中島章夫
●ナンバとはどういうことか

 ナンバはナンバンともいわれる。一般的な説明では右(左)足が出る時、右(左)手が出る歩行法といわれるが、むしろ右(左)半身(ひとえ身ともいう)が前に出る歩行法というほうが正確だろう。
 バレエ、舞踊の評論家である蘆原英了(1907年〜1981年)によると、日本舞踊において同側の手足が同時に同方向に動くことを「ナンバン」といい、特殊な場合を除いて手足がナンバンになることを忌み嫌っているという。
 武智鉄二(1912年〜1988年)の考えではナンバは農耕生産の基本姿勢(たとえば鋤をふりあげた形)から来ていて、農耕民族としての日本人に伝統として染みついた動きであり、現代でも伝統芸能には色濃く残っているというのであるから、この日本舞踊がナンバを嫌うという話は興味深い。
 武智は江戸時代の都市部で手足を交差させる動きが見られるようになったことに触れて、これは現代の手を振る動きではなく、半身歩きに手だけを逆に引いたもので「逆ナンバ」といい、現在でも能、狂言、文楽の人形に「ナンバ」の動きが、上方舞(地唄舞)に「逆ナンバ」の動きが保存されているといっている。これらのことから、日本舞踊では逆ナンバの動きが基本となっているためにナンバが嫌われたといえるのではないだろうか。

●ナンバの語源
 ナンバの語源で一般的なのは「南蛮説」と「難波説」である。
 「南蛮説」は南蛮人のような見慣れないもの、普通でないものという意味からきたといい、「難波説」は、昔大阪の難波に有名な接骨医が四軒ほどあり、少し筋の違ったものを見ると「なんば行きや」といったことが踊りに流用されたのだというものだ。
 武智は、どちらの説も日本人の90%がナンバで日常行動をしていたことを考えると、「奇妙」「違った」という意味を含ませるのは無理があるとして、鉱山で用いる滑車をナンバと呼んだので、滑車の綱を引く時のような半身の身振りをナンバというようになったという説を採っている。
 しかし蘆原がいうように、もともとナンバが日本人の伝統的動作一般を指すのではなく、日本舞踊の特殊な動きへの名称であったとすると、「変わった・違った」という意味の“たとえ”として「南蛮」「難波」の言葉を使ったとしても不思議ではない。その後、同側の手足(半身)が同時に出る動き一般に「ナンバ」という言葉を流用して使ったということではないだろうか。
 これに関連して興味深いのは、蘆原が西洋のダンスやバレエにナンバの動きが多いため力強く活発であり、日本舞踊はナンバを忌み嫌うために不活発な印象を与えるのだ、といっていることである。これが事実なら、西洋の舞踊にしばしば見られるナンバの動きが、日本舞踊に現れた時、「それは南蛮だ」というようになったとしても不思議ではない。
(※ここで注意しなくてはならないのは、本来ナンバは動作、つまり体重移動の特殊な形態を指すものであり、ここで蘆原がいうのはダンスやバレエがナンバで踊るということではなく、静止したポ−ズにナンバの姿勢が頻繁に見受けられるということだろう。このような姿勢は「ナンバ的」と表記すべきだろう)。

●武術的ナンバとは
 しかし能をはじめとして日本の伝統芸能には、当然ナンバの動きが多く見られる。たとえば歌舞伎の「勧進帳」の弁慶の飛六法などは典型的なナンバであるが、蘆原が調べたところでは多くの舞踊の師匠たちはこの種のナンバ(力強さのための表現)をことさらナンバとはいわないという事実がある。ここから蘆原は、特に力の入る動きをする場合でないのに、同側の手足を同時に同方向に動かすことをとりたてて「ナンバン」といって忌み嫌うのだという結論を得た。
 こうして蘆原は日本舞踊の慣用語のナンバンと自分の研究対象のナンバンの範囲の違いに気付くのだが、このことは日本舞踊のナンバ(ナンバン)、武智が対象とする民族的身体、蘆原が対象とする舞踊・運動的身体、また甲野先生が対象とする武術的身体としてのナンバを比較する時、それぞれの特殊性とそこに貫かれる一般性とを慎重に区別しないと混乱のもとになることを示している。
 蘆原はナンバの特徴を「力の入った動き」と見るほか、「重心が常に前に落ちる」「不安定的」「外心的」とし、これに対する(逆ナンバを含めた)手足が交差する動きを「力の入らない」「重心を中心に落とす」「安定的」「内心的」とする。これは武智がナンバを「生産的身体」(全身の力を労働にそそぐ)、逆ナンバを「消費的身体」(非生産的、節約的)と表現しているのと同様のことだろう。そして共に、安定的な手足を交差させる動きでは、同じ動きを続けることができるし、変化も自由にできるが、ナンバは直接、別の動きに変わることができないという。
 特に蘆原はナンバの前後にはナンバでない動きをつなげないと変化ができないというのである。しかし武術的身体はナンバの「不安定」であることを積極的に使いこなすことによって、ナンバでありながら動きの変化を作り出し、力強さと共に軽やかさを同居させることを可能にする。つまり武術的身体が示すナンバは、一般的なナンバの質的転換したものとして観ていかなくてはならないだろう。
 以上

参考文献:蘆原英了「舞踊と身体」(新宿書房)、武智鉄二「伝統と断絶」(風濤社)

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